francfurt,dunkerque,,,,,

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    想像していなかったが、レースを走ってきた。TOJまでレースないわとのんびりとしているところに一通のメッセージ。

    慌てて諸々の手続きを済ませ、落ちてるジャージをスーツケースに押し込めて、空港に向かった。まるで隣町に向かうかのような準備だった。

    フランクフルトは世界最高カテゴリーのワールド・ツアー、ダンケルクもヨーロッパツアー最高ランクHC。レースの競技レベルが高いのは勿論だけども、レースの魅せ方や盛り上がりも流石だった。これは今年出たレースはどれもそうだけども。

    一方で先日宇都宮で行われたJPTのレース。地元のチームに所属し、大きな困難と闘っている選手が優勝した、という物語があったためとも思うが、そちらもそちらで凄い盛り上がりだったようで。

    自分が出た両レースは世界中にTV放送もあり、世界規模での影響力があったと思うが、地域だけで比べたら、影響力という点でもしかしたら、もしかするんじゃね?とか、イタリアの滞在先のホテルで考えていた。

     


    地底にて

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      怒涛の日々だった3月。ストラーデ・ビアンケ、ティレーノ、ミラノサンレモ、デパンヌ、とそれぞれなか3日ほどで走りきった。

      世界最高のレーススケジュールを組んでもらい、何ものにも代えがたい一ヶ月を過ごさせてもらった。

      ティレーノとサンレモは一生忘れることはないだろう。このクラスのレースの影響力を思い知った。

      レース会場まで昔の友人たちが会いに来てくれた。逃げに乗ることがなければ、自分が走っていることを彼らは知らなかっただろうし、知っていてもわざわざ会いには来なかったかもしれない。少し斜に構えた考え方かもしれないが、皮肉ではなく、素直に会いに来てくれたことに喜んだ。

      チームのスポンサーからもメッセージをいただいた。なかには「ありがとう」とまで書かれたメッセージもいただいた。「おめでとう」ならわかるが、まさか「ありがとう」なんて言われると思ってもいなかったから衝撃的だった。

      恐るべしモンスターレース。

      レースとレースの合間にお世話になっていたホテルの人もレースを見てくれていた。「最初からずっと先頭で走っていたけど、最後はいなかった。疲れちゃうなら、もうちょっと飛び出すの遅らすことはできなかったの?」とアドバイスまで。

      ’疲れた’はただの口癖だが、今回ばかりは本当に疲れて、休んだと思ったら次のレースと、まさに濃厚な一ヶ月だった。

      今は帰国し、次のレースまで地下深くに潜伏中。浮上するのはまだ暫く先の予定。


      人間的生活か

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        何度も言っているが、カルペでの練習環境は素晴らしい。集中できる。ひとりで滞在していると、人様と面と向かって話すことをしばらくしてないことに気が付かないくらいだ。「あ、おれ、ここ数日人と話してない!」といった具合に。

        唯一話す機会があるのが、ホテル内のレストラン。それでも「hola」(こんにちは)「gracias」(ありがとう)「agua con gas por favor」(炭酸水をお願いします)のみっつのフレーズで事足りてしまうが、それでも貴重な貴重な日々の会話だった。

        しかしここのホテルのウェイターの皆様はとても優秀で、自分が炭酸水しか頼まないことを記憶し、黙ってても炭酸水を持ってきてくださるようになった。どうやらシフトが1周以上回ったらしい。いや、3周くらいはしたかも。毎日3回欠かさずホテル・レストランにひとりで東洋人が現れれば目立つのかもしれないけど。

        人によっては頭がおかしくなるような生活だけども楽しくやれているというのは、自分が根暗というなによりの証拠かもしれない。

        そんな生活も明日で一区切り。明後日の朝、valenciaから冷凍庫並みの気温のpisaに飛ぶ。

         


        カルペのリゾートホテル在住

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          アンダルシアのレースのあと、単身でどこに身を置くか悩んだ。自分以外の選手は各自の家や国に帰る。しかし自分だけはヨーロッパに残る必要があった。

          結局、カルペに戻ることにした。カルペは1月のチームキャンプで2週間過ごした場所。勝手知ったるわけ。

          夏は多くのバカンス客で溢れかえるであろうビーチ沿いのこのリゾートホテルは、閑散期にはサイクリストを主な顧客層にしている。プロサイクリストたちのトレーニングキャンプ地として世界有数の場。ともすれば、世界中から来るわ来るわサイクリストの団体様。皆様、お仕事はどうされているんでしょう。

          そんな某ホテルではプロサイクリスト向けの特別価格が存在し、そのシステムに甘えに甘え、もう一ヶ月以上このホテルに滞在している。すなわち2018年の半分以上をこのホテルで、3/4近くをスペインにいる。もはやホテル在住、スペイン在住と言っちゃってもいいんじゃないだろうか。

           

           


          vuelta a andalucia ruta del sol

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            アンダルシア地方は初めてだった。世界の色々な地を回れるのはこの職の特典。初日に訪れたスペイン最南端のmalagaから、以前行ったアフリカ大陸はすぐ鼻の先である。何処も再訪したいと思うかは別だけども、アルジェリアなつかしー

             

            当たり前だけどもハイレベルだった。そりゃサッカーでいうバルサやレアルにあたる、スカイだのモビスターだのロットだのが強いのはわかっている。というよりも、集団に弱い選手がいなかった、というほどが的を得ている気がする。3日前まで走っていたprovencのダメージも癒えず、世界トップの猛者を相手にしたわけだから、当然に疲れた。最終日のTTを除く4日間で、強度にしても獲得標高にしても、消費カロリーにしても、これほど高い数値を連日出したのも初めて。

            目立った成績は何も残せなかったけども、逃げに乗れ、と指示されて逃げに乗れたのはよかった。まぐれじゃなくて、狙って撃った。

            逃げたステージも当然のごとく山、山、山、山の連続でハイペースだったけども、そのなかで均等に回り、逃げがバラバラになるまでは耐えられたのもよかった。

            欲をいえばJsport放送開始まで逃げ集団で粘っていたかったけども、放送開始1時間ほど前から登り始めた2級山岳で死力を尽くし、その直後の3級山岳に入った瞬間に逃げが9人から3人にまでバラけた。限界だった。そして放送が始まった。

            当時、逃げ集団の後ろには第2チームカーが走っていて運転していたのは、あのステファノ ガルゼッリ監督だった。逐一細かくアドバイスを送っていただいた。呼ばずともガルゼッリのほうから補給を持ってきていただいた。

            まさかあのガルゼッリからアドバイスを貰いながら走る日が来るとは。

            写真撮ってもらうの忘れてた。

             


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