地底にて

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    怒涛の日々だった3月。ストラーデ・ビアンケ、ティレーノ、ミラノサンレモ、デパンヌ、とそれぞれなか3日ほどで走りきった。

    世界最高のレーススケジュールを組んでもらい、何ものにも代えがたい一ヶ月を過ごさせてもらった。

    ティレーノとサンレモは一生忘れることはないだろう。このクラスのレースの影響力を思い知った。

    レース会場まで昔の友人たちが会いに来てくれた。逃げに乗ることがなければ、自分が走っていることを彼らは知らなかっただろうし、知っていてもわざわざ会いには来なかったかもしれない。少し斜に構えた考え方かもしれないが、皮肉ではなく、素直に会いに来てくれたことに喜んだ。

    チームのスポンサーからもメッセージをいただいた。なかには「ありがとう」とまで書かれたメッセージもいただいた。「おめでとう」ならわかるが、まさか「ありがとう」なんて言われると思ってもいなかったから衝撃的だった。

    恐るべしモンスターレース。

    レースとレースの合間にお世話になっていたホテルの人もレースを見てくれていた。「最初からずっと先頭で走っていたけど、最後はいなかった。疲れちゃうなら、もうちょっと飛び出すの遅らすことはできなかったの?」とアドバイスまで。

    ’疲れた’はただの口癖だが、今回ばかりは本当に疲れて、休んだと思ったら次のレースと、まさに濃厚な一ヶ月だった。

    今は帰国し、次のレースまで地下深くに潜伏中。浮上するのはまだ暫く先の予定。


    人間的生活か

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      何度も言っているが、カルペでの練習環境は素晴らしい。集中できる。ひとりで滞在していると、人様と面と向かって話すことをしばらくしてないことに気が付かないくらいだ。「あ、おれ、ここ数日人と話してない!」といった具合に。

      唯一話す機会があるのが、ホテル内のレストラン。それでも「hola」(こんにちは)「gracias」(ありがとう)「agua con gas por favor」(炭酸水をお願いします)のみっつのフレーズで事足りてしまうが、それでも貴重な貴重な日々の会話だった。

      しかしここのホテルのウェイターの皆様はとても優秀で、自分が炭酸水しか頼まないことを記憶し、黙ってても炭酸水を持ってきてくださるようになった。どうやらシフトが1周以上回ったらしい。いや、3周くらいはしたかも。毎日3回欠かさずホテル・レストランにひとりで東洋人が現れれば目立つのかもしれないけど。

      人によっては頭がおかしくなるような生活だけども楽しくやれているというのは、自分が根暗というなによりの証拠かもしれない。

      そんな生活も明日で一区切り。明後日の朝、valenciaから冷凍庫並みの気温のpisaに飛ぶ。

       


      カルペのリゾートホテル在住

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        アンダルシアのレースのあと、単身でどこに身を置くか悩んだ。自分以外の選手は各自の家や国に帰る。しかし自分だけはヨーロッパに残る必要があった。

        結局、カルペに戻ることにした。カルペは1月のチームキャンプで2週間過ごした場所。勝手知ったるわけ。

        夏は多くのバカンス客で溢れかえるであろうビーチ沿いのこのリゾートホテルは、閑散期にはサイクリストを主な顧客層にしている。プロサイクリストたちのトレーニングキャンプ地として世界有数の場。ともすれば、世界中から来るわ来るわサイクリストの団体様。皆様、お仕事はどうされているんでしょう。

        そんな某ホテルではプロサイクリスト向けの特別価格が存在し、そのシステムに甘えに甘え、もう一ヶ月以上このホテルに滞在している。すなわち2018年の半分以上をこのホテルで、3/4近くをスペインにいる。もはやホテル在住、スペイン在住と言っちゃってもいいんじゃないだろうか。

         

         


        vuelta a andalucia ruta del sol

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          アンダルシア地方は初めてだった。世界の色々な地を回れるのはこの職の特典。初日に訪れたスペイン最南端のmalagaから、以前行ったアフリカ大陸はすぐ鼻の先である。何処も再訪したいと思うかは別だけども、アルジェリアなつかしー

           

          当たり前だけどもハイレベルだった。そりゃサッカーでいうバルサやレアルにあたる、スカイだのモビスターだのロットだのが強いのはわかっている。というよりも、集団に弱い選手がいなかった、というほどが的を得ている気がする。3日前まで走っていたprovencのダメージも癒えず、世界トップの猛者を相手にしたわけだから、当然に疲れた。最終日のTTを除く4日間で、強度にしても獲得標高にしても、消費カロリーにしても、これほど高い数値を連日出したのも初めて。

          目立った成績は何も残せなかったけども、逃げに乗れ、と指示されて逃げに乗れたのはよかった。まぐれじゃなくて、狙って撃った。

          逃げたステージも当然のごとく山、山、山、山の連続でハイペースだったけども、そのなかで均等に回り、逃げがバラバラになるまでは耐えられたのもよかった。

          欲をいえばJsport放送開始まで逃げ集団で粘っていたかったけども、放送開始1時間ほど前から登り始めた2級山岳で死力を尽くし、その直後の3級山岳に入った瞬間に逃げが9人から3人にまでバラけた。限界だった。そして放送が始まった。

          当時、逃げ集団の後ろには第2チームカーが走っていて運転していたのは、あのステファノ ガルゼッリ監督だった。逐一細かくアドバイスを送っていただいた。呼ばずともガルゼッリのほうから補給を持ってきていただいた。

          まさかあのガルゼッリからアドバイスを貰いながら走る日が来るとは。

          写真撮ってもらうの忘れてた。

           


          Tour de provence

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            2018初戦を終え、マルセイユからマラガへ。なか2日間でRuta del Soleに参戦。

            初戦はきつかった。スタートして10分で絶望したステージもあった。最終日はマルセイユの街がゴール地点になっており、最後の山は街のすぐ近くで眺望の効く山だった。追い込んでギリギリで集団に残って、山頂からちらっと見えたマルセイユの街。それは綺麗な景色であっただろう。ゆっくりと眺めたかったけど、それにはレースが速すぎたし、余裕もなかった。ただただ安心感。

            スタート前にBSでチームメイトだったトマが会いに来てくれたりとほっこりするような場面もあった。

            そしてもうひとつ嬉しかったのはチームバスでのレース後のシャワー。いつもフランスでのレースのあとは、主催者が用意している公衆シャワー施設があって、そこでシャワーを浴びてから帰路についていたが、お世辞にも綺麗とはいえなかったし、まず見つけるのが至難の業だった。「ウ エ デュッシュ?」と覚えたてのおまじないのようにそこら辺の人に尋ねてみても、皆違う方向を指差す。なんとかたどり着いても、既に多くの選手でごった返していて、お湯の量に限りがあったので、真水でシャワーを浴びていた。温かいお湯でシャワーを浴びるには途中棄権してレース中にシャワーを浴びる必要がある。

            3月、4月のみぞれ混じりの雨でのレースのあとを想像してみてほしい。

            チームバスではお湯もちゃんと出るし、ボディーソープも持参する必要はないし、タオル、ドライヤーも完備。飲食物まである。

            なんという極楽施設。

             

             


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