ZWIFT レース

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    まず最初に今日までzwiftレースにてBクラスで出走していたことについて謝罪させていただきたい。

    鎖骨骨折してからリハビリのために始めたzwift。復帰後も悪天候のときなど利用していた。

    仮にもプロ選手。仮にも元ナショナルチャンピオンの人間がBクラスでの参加など、肩身が狭いが許してほしい。みんな強いのだ。

    スタートしてあっさり千切られて悲しみにくれてトレーニングを中断するよりかは、終盤まで争いに加わり追い込んだほうが精神衛生的にも良い。恥ずかしながらBクラスでも一度として勝ったことはない。

    先日、久しぶりにZWIFTレースをやってみた。JAPAN CUPのあとで流石にリハビリ時よりはコンディションもいいだろうということでAクラスでの出走。長い上りに入ってめちゃくちゃなペースで登り始める先頭数名。そなアホな。そんな無茶なペースが持つわけない。と信じてマイペースを貫き、人生史上最大のローラーでの追い込み。実走よりおよそ1割ダウンとかなりの健闘!ローラー大キライの自分にしては!!しかし先頭は数分先と大差。

    30分体重の5倍以上で走れるホービーレーサー世の中そんなにいますか。それとも匿名のチームメイトかなにかですか。

    本日も気を取り直して平坦基調のレースにエントリー。お決まりのロケットスタートで5人が飛び出し、自分も必死でジャンプアップ。

    それが勝ち逃げとなり、毎周回小さいな登りで英国人が揺さぶりをかけてくる。3人でラスト周回へ。またもや英国人がキレのあるアタック。どんなに踏んでも付けない。ローラーで1000wとか出せないから粘って追いかけるしかない。あっという間に数十メートル離れるが、数分かけて追いつく。もうひとりの日本人も自分についてきて3人のスプリントへ。あっさり負けて2位。

    初 表彰台。不覚にもちょっと嬉しい。


    JAPAN CUP 2017

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      作戦はレース最後での力勝負一本。

       

      photo:KOMORI NOBUMICHI

       

      とはいえ悪天候と距離が短縮されてショートレースになったことで、荒れたレースになるんではないかと危惧していた。

      スタートするや否やの日本人選手たちのアタックに反応するワールドツアーの選手たち。これは今まで通りのJAPAN CUPにはならないとすぐに感じ自分も飛び出す。15人ほどで飛び出した形で1回目の古賀志林道を登るもすぐに吸収。下ったあとの平坦でもアタックは止むことはなく、10人以上の大きな逃げができかけては吸収される。序盤から逃げるつもりはないが、大人数の逃げは油断はできない。特にワールドツアーが乗る逃げには。

      2周目に入ってすぐにまたアタックが散発。10人ほどの大所帯となったためジャンプアップ。登っている途中で山岳賞がこの周に掛かっていることを無線機から聴く。獲れるものは獲る、と息巻くもキナン トマに登りスプリントでやられる。あゝ またあなたですか。

      下りきると頂上近辺まで牽いていたNLユンボとトマ、自分の3人だけとなる。大人数だったから乗ったんだけど、と動揺するも良いメンバーだったことから覚悟を決める。

       

      photo:KOMORI NOBUMICHI

       

      それからは3人で協力プレー。均等に仕事するように心掛ける。ただ3人っていう少人数だと先頭回ってくるの早いわ、ふたりのお供は短い登りでやたら踏むわ、メインと我々の間に追走集団があるから全然タイム差くれないわでしんどい。短いぶん濃厚。

      4周目、2回目の山岳賞は自分が山岳賞を獲りやすいようにトマがペーシングしてくれる。NLユンボが先に仕掛けてくるも、なんとかかわして先着。

      そのあとはまたハイペース協力プレーに戻すも、8周目の古賀志はやや厳しくなってきて9周目のそれはほぼ全開。そのあとの下りで集団から飛び出してきた3人に追いつかれて6人で最終周回へ。ここで耐えれば数年成し遂げられなかった目標にたどり着ける!!と全力の集中で全力を尽くすもどうにもならない。ひとりで後退し、15人ほどの集団に追いつかれてレースオーバー。脚もオーバー。

      まさか最終周回手前まで逃げ続けられて、なおかつ3人という少人数で追ついてきてくれるとは思わぬ好展開だったけども、結果的にレースの走り方や判断は間違ってなかったし、当日出せる全力は間違いなく出し切って遅れたのだから、後悔の材料はなし。あとたったの3分我慢できればよかったのだけれども残念。

       

      いつでもホームエースのように走れるJAPAN CUPは本当に走っていて愉しい。

      逃げに邦人選手は自分だけだったということもあるかもしれないけど、あの土砂降りのなか沢山の声援をもらうことができて逃げのなかで優越感に浸っていた。そういう意味でも山岳賞を獲れてよかった。

       

      photo:KOMORI NOBUMICHI

       

      photo:KOMORI NOBUMICHI

       

      ホームなのは観客だけでなくメディアも。当ブログでは初山翔御用達の小森信道氏の写真しか使用しておりませんが、今回はその他のカメラマンの方々にも素敵な写真を撮ってくださいました。

      自らの身と同じくらい大切にしているだろう商売道具を雨水で失うリスクを犯してまで。レースを戦っていたのは、立場は違えどもレース会場にいた皆同様です。

      お疲れ様でした

       

      photo:KOMORI NOBUMICHI


      Tour of IRAN

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        泣く子も黙るイランへ。

        前記事に書いたカザフ遠征の食あたりで4人が腹を壊し、西薗氏がイランはDNSとなった。少なくとも解散する以前は自分のほうが重症だったが、奇跡の回復。新城雄大にいたっては「腹痛いです。」と事あるごとに呟きつつも、出国直前の成田ではつけ麺を完食。「うまいです」とか。学歴に勝った瞬間だ(!)

        レースはイラン北西部のタブリーズ周辺で行われた。あの悪名高きタブリーズの本拠地。ただ今年のリザルトをみると本調子とはいえず、直近のカザフでもおとなしかったことから、イケるんではないかと期待していた。

        ただ我々もカザフからの帰国に死にかけの状態で2日ほどかけ、日本に2日ほど滞在(療養)、イランへの移動にまた2日ほどかかる。ツアーオブイラン直前一週間が全く練習できていない危機的状態だった。とりあえず様子見ながら...と行きたかった。

        が、蓋を開けてみればタブリーズはタブリーズだった。

        200km超えのステージも臆すことなくレース前半から終始チームTT状態で、集団を20人ほどに絞る荒業を幾度となく披露。

        恐ろしいほどの力だった。

        しかし優勝はタブリーズ以外の選手。強大なタブリーズについていけるだけの最低限の力を保有しており、彼らがスキを見せた瞬間を逃さず他の選手に差をつける何かを持っていた選手が優勝していた。

        自分はタブリーズに付いていくだけで精一杯。悔しいが、一週間前に血を吐いていたことを考えれば、総合17位、UCIポイントたったの3点も致し方ない。食あたりによる減量が功を奏したか。

        イランは自分が過去に行ったイスラム教の国でも、一番濃厚な国だった。女性は決して肌を見せず、酒は一切手に入らない。インターネットは検閲が厳しく、アメリカからの経済制裁によってクレジットカードはほぼ使えない。正直不便としか感じなかったが、これも異国の空気。これも旅。

        こうして今年のジャパンカップ準備計画が完了した。

         

        帰りに寄ったイスタンブールにて。このメンバーでの活動もあと数回。

         


        カザフの苦い思い出

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          とにかく寒かった。今思い出されるカザフの思い出といえば、まずそれだ。気温でいえば3〜5℃。運良くレース時間は止んでいたものの、思うに今年一番の寒さのレースだったと思う。

          そしてアスタナの強さ。地元でのレースということで1クラスとはいえ、それなりに重要視していたらしくWTチームの気合を感じた。我々だけではなく、アジアの強豪コンチやプロコンチでは歯が立たなかった。

          そして最後は食あたり。レース期間中は素晴らしいホテルに滞在しており、とても豪華な食事だったのだが、クロージングセレモニーがホテルとは別の会場で開かれ、そこで食べた食事が不味かった。

          自分に真っ先に症状が現れ、倒れた。嘔吐、下痢、発熱。以前のインドネシアで無敵の腹と云われることもあるが、わたしも人間だ。

          帰りの飛行機に乗る前に出せるものは全て出し尽くし、吐血までした。

          カザフからの帰りはまた別のハプニングが重なったりで、丸2日ほど帰国までかかったのだが、ほぼ何も飲まず食わずでずっと寝ていた。カザフ帰国からイランへの出国まで中2日ほどのスケジュールだったので、「嗚呼、こりゃイランもおわた」なんて思っていたけども、帰りの飛行機でずっと寝ていたのが功を奏して、帰国時には回復。奇跡的にイランに行けることになった。

          カザフイランジャパンカップへの連戦に備えて、北海道のあともハードワークを重ねてコンディションをあげてきたつもりだったが、レースの走りには繋がらなかった。寒さのせいだ。

           

           

          にしても、弊チームの過半数がアスタナのヤコブ フグルサングを知らなかったという由々しき事態について。

          しっかりステージ優勝したフグルサング選手に謝っていただきたいと思う。


          今年の北海道

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            わかってはいたけども、まだコンディションが完全ではない。急務ハードワーク。

            第一ステージではチームの惜しみない努力が功を奏した。大きなアドバンテージを得た逃げ集団に対して、どこよりも力を使って追ったのはアンカーだった。「あーあ、アンカー焦って追っちゃってるよ。ラッキーラッキー」と思っていた他チーム選手は少なくないはず。

            しかし龍がステージ優勝してくれたことであの働きは一気に報われた。チームでレースを作り、最後も決めるというのは本当に気持ちがいい。でも満場一致の感想は、ダミアン強すぎワロタ

            ということで2日目はリーダーチーム。なぜか集団を引くときに限って、いつも向かい風な気がする。まだ本調子じゃない自分は、ダミアンと学に助けてもらいながら三人で集団コントロール。後半には他のチームの手も借りながら、最後は予定通りに集団スプリントに持ち込めた。一日中向かい風の180kのステージ。堪えた。

             

            一緒に仕事した選手たちと遅れてゴール at stage 2

            Photo: Komori Nobumichi

             

            最終日は一ヶ月以上前から鼻息荒く「北海道の総合はおれに任せんしゃい」と言っていた西薗氏で勝負。

            最後は惜しくも2位という成績だったけども、男気あふれる打ち上げの支払いがかっこよかったよ!!

            自分は最後の勝負どころ前での集団内の位置取りで脚を使い、遅れたあとも、今後のために練習のつもりでゴールまで頑張った。同じタイミングで遅れた学がなぜか競り合ってきて、ふたりの勝負風に。

             

            最後は特に踏んで先着。楽そうに見える椿は絶対にやせ我慢だ。

            Photo:Komori Nobumichi

             

            チームの実力はしっかりと示せた。今度は自分の番。次はカザフスタンへ向かう。

             

             

             

             

             

             


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